☆☆☆ 小王子 リユ ―――究極の主従(雇用)関係。コメディーひとすじ。
★本編 小王子リユの反乱 01


 強いて言えば、プロローグ

 空気も澄んだ森の中にちょこんと存在する避暑地、別荘。
 初夏に入った今、そこはとある王家の一家が涼みに来ていた。


 そんな、やや昼下がりの午後。
 第2王子であるリユは、勉学に励んでいた。
「・・・であるからして、このようになるのは、当然の理なのです」
「・・・」
「よってここに、この結果として、思想が生まれる訳です。・・・ここまで、わかりましたか?」
「・・・」
 家庭教師をしているレオンは、無反応だったリユを覗き込んだ。
 リユは、穏やかな昼下がりに相応しく、それはそれは幸せそうに熟睡していた。
「王子、王子!」
 揺すったが、起きる気配はない。
「王子!!」
 スパンっ!!
 教科書を丸めての一撃。これはかなり痛い。
「ううぅん・・・」
 しかし、まだ起きない。しかたなく、レオンは手に力を入れた。
 ぐっ。
 その手は、リユの首に添えられていた。
 ・・・そして、首を絞め始めた。ぐ、ぐぐぐ・・・。
「ヴっ。うう、ううううう・・・」
「いい朝ですねぇ。おはようございます。王子・・・」
「うっ! お、起きる起きる起きるっ!!」
 リユは死ぬ死ぬ、と手をばたつかせた。
 レオンは手を緩めたが、外さないで微笑んだ。
「王子、今はお勉強の時間です・・・」
「わかってる、わかってる」
 リユはどうにか手を外そうと躍起になっている。
「ああ、そうでしたか・・・」
 リユの抵抗を封じようと手に力を込めつつレオンは言った。
「それならば、どうして居眠りなど・・・?」
「ぐぐぐ・・・。ぐるじい・・・」
「ああ、王子。いけませんよ、このままじゃ・・・!!
 あなたは王子!! この国の次の王の座を次ぐ人!! 国王になられるお方!!
 そんな方が、毎日毎日居眠りなどをして・・・。私は情けない・・・!!」
「ギ、ギブ、ギブ・・・」
 どうやらレオンは熱弁のあまり、手に力を入れ過ぎているようだ。
 リユは心なし青ざめ、泡を吹き始めた。
「いくら私のような一流の者がいても、王子がやる気をださないと、どうしようもないんですよ!?
 しっかりしてください!! 王子!!」
「・・・」
「? 王子ぃ?」
 返事がないのを不思議に思い、リユを見るレオン。
 リユは、白目を剥いて、痙攣していた。
「あっ・・・」
 微妙に気まずげな空気が漂った。
「あ・・・。そうですね。王子もお疲れのようですし・・・、休憩にしましょう」
 わざとらしく言ってから、レオンは責任逃れを試みた。それを、死体遺棄という。
 そろそろと部屋を出ようとしていると、世にも恐ろしい声が、後ろの方から聞こえてきた。
「どこに行く〜、レ〜オ〜ン〜・・・」
「あ、王子、お目覚めですかぁ、ははは、嫌だなぁ、トイレですよ、トイレ!」
「うう、いたた・・・。はぁ、殺されるかと思った・・・」
「ははははっ! まさか、そんな。王子も大袈裟だ!」
 リユは憮然として鏡の前に立った。首にはレオンの指の跡がはっきりと付いていた。
「跡が・・・」
「王子ぃ、ノドでも乾きませんかっ?お茶にしましょう!!」
「そうだな・・・・。お前の所為でノドが痛くて堪らない。何か・・・」
「誰か! 王子にお茶をお持ちしろ!!」
 リユに皆まで言わせない内に、レオンは声を張り上げた。
「は〜〜〜い、ただいまぁ」
 返事とパタパタと走っていく音が聞こえた。
 あの声は・・・。
 そして・・・軽いノックの音。「失礼しまぁす」鼻にかかったような、だけど自然な声。
 一人のメイドが入ってきた。
「お待たせ致しましたぁ」
 茶色の癖毛の若い少女で、この夏からここで働き始めたばかりである。
 名をクローディアという。主にリユの身の回りの世話を担当している。
 そして、リユのほのかな憧れの人でもあった。
「ご苦労様です、クローディア。君は気も利いていて、本当に優秀で・・・」
「そんな・・・」
 レオンべた褒めである。
「・・・」
 実はレオン。真面目な家庭教師なんかではなく、大の女好きで、大の遊び人だったのだ。
しかも、堂々とメイドと密会を繰り返しては、相手は毎回のように違うという、ろくでなしの腐れ野郎なのである。
 あの顔を見れば、次の標的は間違いなくクローディアだろう。
 それだけは、嫌だ。阻止しなくては・・・!!
「クローディア、お茶入れてよ」
 奴と話させては、いけない。
「はぁい、少々お待ちを〜」
「クローディア、そのお菓子とって」
「はぁい。どうぞ〜」
「あの、クローディ・・・」
「クローディア、これ、おいしい!なんていう名前だ?」
「あ、それはここの名物で『草もち』っていうんですよぉ」
「あの、クロー・・・」
「クローディア!! このお茶どこのだ!?すごく美味い!!」
「それは、奥様の実家から・・・」
「・・・」
 何かを勘付いたらしいレオンが、意味ありげに横目でこちらを窺がっている。クローディアにわからないようにこっそりと話し掛けてきた。
「王子・・・、あなた・・・」
「なんだ、レオン! お前も食べるか!?」
 そんなレオンの口に無理やり名物を押し込んでから、リユは捲くし立てた。
「じゃあな、クローディア。後で片付けに来てくれ!!」
「はい、失礼しまぁす」
 クローディアがぺコリとお辞儀して出ていった後、名物を食い終わったらしいレオンが、荒い息の合間に薄く笑いながら言った。
「彼女は可愛いですねぇ・・・、王子?
 王子はああいうのが好みだったんですか? なるほど」
 何がなるほどだ。
「何の事だ?」
 レオンは心底楽しそうに喋る。
「あんなに必死になって・・・。もしかして、初恋ですか?」
「・・・」
「おや、図星ですか? いや、若いって良いですねぇ」
「・・・ジジイ」
「うんうん、わかりますよ。彼女はイイ女になります。私も目を付けていますしね」
 レオンはひとり悦に入っているらしく、リユの呟きなど聞こえていなかった。
「・・・。レオン、頼む。クローディアには手を出さないでくれ」
「は?」
「約束してくれないか」
「・・・わかりましたよ、王子。あなたの初恋の為、一肌脱ぎましょう!!」
「本当か!? ありがとう!!」
「いえいえ、これくらいのこと・・・」
 レオンは口とは裏腹に偉そうに鼻高々な感じで立ち上がった。
 そして、ここに男と男の約束が交わされた。


 数日後。

 夕方、涼みに庭に出たリユは、逢引きを目撃した。
 ・・・いやあぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!
 もちろんレオンのを、だ。いつもなら、
「ケッ!!」
 で、済ませて去るが、今回はそうもいかなかった。
 なぜなら、そこにクローディアが居たからだ・・・。
 木陰に隠れ、少しだけ近づくと聞き耳を立てた。
「・・・クローディア・・・」
「レオン様・・・」
 レオンはクローディアの肩を掴んで、見つめ合っている。
「君が、好きなんだ。気づけば働いてる君を捜してる・・・」
「レオン様、わたし・・・」
「今夜、時間があるんだ。・・・クローディア、君は?」
「そんな、レオン様っ!?」
 俯きがちだったクローディアが、レオンに言葉に驚いたように顔を上げた。
「また、会いたいんだ。会って、もっとゆっくり、話しがしたい・・・」
「・・・わたし」
「急がないから、時間ができたら声をかけてくれないか・・・?」
「・・・レオン様、わたし・・・」
「話すだけだよ・・・。そんなに怯えないでくれ」
「・・・はい。わかりました・・・」
「ありがとう、嬉しいよ」
「はい、あのっ、それじゃあ、仕事がありますので、失礼しますっ・・・!」
「それじゃあ、また・・・」
 走り去っていく彼女に向かって一言。
 振り返ったクローディアがお辞儀を返した。そして、二人は別れた。
「・・・。くそ〜、レオンの奴ぅぅぅ・・・」
 考え得る、起こり得る、最悪のパターンだ。
 もう、手はひとつしかない・・・。
 リユは堅く決心したのであった。


 翌日。

「おはようございます、王子。お勉強の時間になりました」
 レオンがいつも通りに入ってくると、リユは珍しく、満面の笑顔で出迎えた。
「おはよう、レオン。今日は、お前に話があるんだ」
「何でしょうか」
 そこでリユは何故か、何度か満足気に頷いた。
「クビだ」
「は?」
「お前をクビにする」
「はあぁぁぁ!?」
「お前はもう用無しなんだ」
「な、な、な、何でですかぁぁっ!?」
 リユを見ると、彼はこの上なく上機嫌で、にこにこしている。
「クビだ、クビクビ。クビって言ったら、ク・ビ・だっ!!」
「おおお王子ぃぃぃっ!?」
「なんだ、クビ」
「クビじゃないでしょう、クビじゃあっ!!」
「いーや、クビだ。クビの癖に、文句つけるなよなぁ、まったく」
「王子ぃっ!! さっきから、クビクビ言って楽しんでるでしょうっ!?」
「そんな、まさか」
 リユは、あはは、と気のなさそうに笑う。
 これは、もしや・・・。
「はあぁ・・・。まったっく、もう!! 性格悪いですよ、本当に・・・。
 今回はいきなりで、ものすごぉく驚きましたが・・・。
 冗談でしょう? これは。もう、止めてくださいね、こんな冗談は」
 落ち着きを取り戻したレオンが、(このバカ王子が・・・!)と心の平穏を取り戻していると、
「いや・・・。実は嘘じゃないんだな、これが」
「へ?」
「残念ながら、嘘なんかじゃないんだ」
 いや、残念。本当に残念。・・・ああ、なんて残念なんだ・・・と、わざとらしく嘆いて見せてから、リユは一転、笑顔になり、嬉しそうに口を開いた。
「お前は、まぎれもなくクビだ」
 きっと自分では重々しく宣言でもしているつもりなんだろう。
 偉そうに踏ん反り返っている。
「・・・王子」
 まだ、続けるんですか? こんな朝っぱらから? こんなクダラナイ冗談を?
 レオンは、表情いっぱいにそれらを浮かべた。
「なんだ、クビ」
 それに対して、リユは不遜な表情に思いっきり、(オレは王子様よ? 逆らうつもりか?)と傲慢かつ不敵に圧力をかけてくる。非常に不愉快極まりない。だが、しかし・・・。
 相手は王子。王子は雇い主。雇い主は金づる・・・。
 瞬時にそれらを計算してしまったレオンが取れる態度など、決まりきっていたのだった・・・。
「え〜? 何でしょうかぁ〜? 王子、お顔が怖ぁいっ」
 きゃっ、うふふ、と両手を組んで、可憐なポーズを決めた。
 レオンはプライドを捨てた。溝の中に、思いっきり・・・。
 しかし、レオンの努力も、かの王子の前では無力だった。
「ブリッコしても、ダメ〜」
 リユはそれを楽しんで見た癖に、あっさりと一言のもとに切り捨てた。
 子供は残酷だ・・・。レオンは心からそう思った。
「おい、こら、レオン。聞いてるか?」
「・・・なんでしょおおう・・・?」
 顔を上げたレオンを上から見下して、リユをはちょっと優越感を味わいながら、意地悪気に唇を歪めた。
 そして、重々しく頷き、こう告げた。
「・・・うむうむ。レオン君の事は、よぉ〜く、わかった。
 じゃあ、最後にクビのレオン君に、後任の者を紹介してやろう」
「へ?」
「サリアムっ!! 本当の家庭教師の姿を見せてやれっ!!」
「はい!」
 どこからともなく、長髪の優男が出てきた。
「はじめまして、レオンさん。
 本日をもちまして、リユ様の新しい家庭教師として雇われました、サリアムと申します。
 以後、どうぞお見知りおきを」
「あはは、サリアム! こいつはクビになったんだから、お見知りおきできないぞ!」
 また、あの無駄にこうるさいバカ王子が水をさす・・・!!
「え? ああ、そうでした。すみません、レオンさん。
 では、これからあなたに代わってリユ様の勉強を担当させていただきます。今まで、ご苦労様でした」
 こら、お前、そこで爽やかに謝ってるんじゃないっ!!
 しかも、何がご苦労様でした、だと!?
「おい、サリアム。そいつにそんなに構ってて、時間は大丈夫なのか?」
「えぇっと、ああ、そうですね。そろそろお勉強を始めた方がいいかもしれません。
 ああ、でもご安心を! このサリアム、準備の方は、もう万全に整っておりますから!」
「おお、頼もしいな!!」
「ありがとうございます。それでは、さっそく始めましょうか?王子、お部屋へ・・・」
「うむ! わかった!!」
 王子大乗り気である。
 あ〜〜〜あ、あの浮かれポンチが。踏ん反り返ってるよ。見てられねぇな・・・。あほ丸出しって感じで。
「オラ、出ろ、クビっ!!」
 ドンッ! と、傷心のレオンを蹴りだすリユ。その姿はまさにバカ王子そのもの。
「あ、すみません。これから授業ですから・・・。なんのお構いもできずに・・・本当にすみません。
 いつか、お詫びいたしますので・・・。失礼します」
 一応無駄に丁寧に断ってから、でもドアを閉めるサリアム。
「・・・・・・」
 あの、わがままで、生まれを間違えたとしか思えん成金王子を・・・。
 あの傲慢で、無礼で、恩知らずなガキを・・・。
 あの厚顔無恥なバカ王子をぉ・・・。
 誰がここまでまともに育ててやったと思ってるんだ!?
 苦節ン十年・・・。(精神的にそれくらいは苦労したはず)
 恩をさっそく仇で返しやがってぇぇぇ・・・!!
「あの、クソ、バカ、王子がぁぁぁ・・・!!」
 今に見てろよ、思い知らせてやるからな・・・!! ここに決意(復讐?)に燃える一人の男が立ち上がった・・・。



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